葵―春物語 2−5
翌日は朝から激しい雨が降っていた。
傘を差していても、昇降口に入る頃には、制服も鞄も濡れてしまっていた。
一番被害が大きかったのは、スニーカーで・・・靴の中までびしょ濡れ・・・
用心のため、もって来ておいた替えの靴下に履き替えて、上履きを履き、教室へ向かった。
帰りの時に、また濡れた靴を履くのかと思うと、憂鬱になるのだけど。
自分の席について、タオルで制服や鞄の雨の雫を拭い・・・
溜息を付いていると、目の前に暖かな珈琲の入った紙コップが差し出された。
「お早う、葵」
「信井、さんきゅ」
暖かなそれを受け取り、すすりゆっくりと口に含むと、幾分気分が落ち着く気がした。
信井は、俺の頭を擦り・・・額にその手が触れ、動きが止まった。
「ここか、腫れてる」
「えっ、あぁ・・・ ちょっ、押したら痛いし」
「ごめん・・・でも」
俺の前髪を掻き揚げ、信井の顔が近付いてくる・・・ドキン ドキン! ドキン!!
俺は息を詰めた・・・唇が無意識に、わななく。
じっと目を覗き込まれ・・・胸が締め付けられるように切ない。
「あお・・・い?」
目が熱くて、ブレた・・・涙が滲んだらしい・・・
俺・・・
なんで・・・どうしたんだろ・・・自分の事なのに・・・わかんない・・・
「ごめん、そんな痛かったか」
信井が俺から手を離した。
ううんそうじゃない。 痛かったんじゃない・・・俺は首を横に振った。
俺は無意識に信井の手を掴んだ。
触れた手から信井の体温が伝わってくる・・・
俺は震えた・・・
「葵?」
信井が焦って俺を抱きとめた。
あれっ、何で・・・俺・・・
信井の胸と腕の感触・・・ 俺の体は傾いで、倒れそうになった・・・
「大丈夫か 葵 おい」
「ん・・・ごめん・・・信井」
「体調悪いんじゃないのか・・・無理して学校へ来たんだろ、お前は」
「そんな・・・事ないよ・・・俺。 体調は平気だ 変なのは・・・俺」
「葵?」
「俺が変なんだ、俺が・・・」
がやがやと騒がしい教室から、俺の手を掴み、廊下へ出て・・・信井は、ずんずん歩いていく。
「とにかく、ちょっと来い」
「し、信井ちょっと・・・何処へ、俺 大丈夫だって」
信井は保健室に俺を連れて来た。
「全くもう、葵・・・いい加減にしとけよ、そんな顔して大丈夫なわけないだろ」
「信井・・・で、でもっ」
どうしよう・・・まずい!!
水城先生は、俺が男に抱かれてる事・・・知られてるし!!
「おや、どうしました? 黒瀬君、信井君」
「水城先生! 葵の奴、昨夜意識なくして病院に担ぎ込まれたんだけど、さっきも倒れかけて、医者はなんともないって言ったらしけど、やっぱ変だから!」
「おやおや、ちょっと見せてごらん、こっちへおいで黒瀬君」
「や・・・信井・・・」
信井は問答無用で、俺を診察の椅子に座らせて・・・俺は信井の顔を見詰めた。
俺は信井と離れたくないのに・・・信井の手をぎゅっと握って離さなかった。
信井は俺が手を離さないのを不思議そうに見たけど・・・
俺は離したくなかった。
水城先生が、俺の頬に両手を当て顔を正面に向かせ、
ライトを使って、目を見たり、耳の後ろを押したり、
口を開けて舌を出したり・・・なにやら診察を始めたけど・・・
「先生、たんこぶが出来てるんだここ、昨夜ぶつけたらしいんだ」
信井が、繋いでいない方の手で、俺の前髪を掻き揚げ、たんこぶを見せた。
いや、大丈夫だろそれは・・・と思うのに・・・っていうか俺・・・
体じゃなくて心の病気だと自分では思うんだけど・・・
いや・・・これ、病気じゃないのか・・・
俺・・・たぶん・・・信井に・・・
無意識に信井の手を強く握っていた。
「葵?」
「くすっ、信井君・・・これは俺には治せないな」
どきっ、嫌だ先生・・・言わないで!! 俺は水城先生を見詰めた。
言わないでお願い!!
「どんな医者に見せても、治療は無理だ・・・君を信頼しているようだし、力になってやれ」
くすくすと、信井に向かってそうほざいた・・・先生そんな事言ったらばれるじゃん!!
「そんな・・・不治の病なんですか 葵は!! 俺、何でもします 出来る事なら俺が変わってやりたい! 葵」
・・・・・・・っ・・・信井? 不治の病って・・・なんでそこでボケる・・・天然か?!
俺の体を抱き寄せ、感じ入ってる・・・どうしよう・・・違うんだけど・・・
言えない・・・どうしよ・・・
「くすっ、まぁ ある意味・・・不治の病では あるが・・・」
水城先生は苦笑している・・・ あー・・・俺はどうしたらいい・・・
でも、信井に抱きしめられてる・・・・俺・・・
目を閉じた・・・信井の体温が・・・俺は心地よかった。
「オホン、とにかくここで出来る事はないから、少し眠るならあいてるベットを使いなさい。 平気なようなら、授業に出なさい、そろそろホームルーム終了時刻だ」
「はい、俺 授業に出ます」
「葵、無理はするなって言ってるだろ、寝とけ」
「けど・・・俺・・・」
「いいから、寝とけって」
信井に押し切られる感じで、ベットに寝かされた。
俺の頭を撫でて、信井は教室へ戻ってしまった。
これじゃ虚弱体質みてぇじゃん。
「くす、彼は鈍いのかな・・・」
水城先生がカーテンを開けて俺のベット横に椅子を持ってきて座った。
「信井に恋煩いしてるんだろ 葵は」
「・・・・・・言わないでください」
俺は反対側に顔を向けた。
顔が熱くなる・・・
「恋人とは別れたのかい」
「・・・・・・恋人なんかじゃないし・・・事故だったんです・・・あれは」
「事故ねぇ・・・で、同性に対して意識が変わって、そんな自分に戸惑っているって所かな」
「・・・そう・・・なのかも知れません・・・俺は・・・変わってしまった」
「変わる事はいけない事じゃない、誰でもいつでも多少なりとも変化し続けるのが人間だから。 葵君・・・もっと自分を信じなさい 自分の心を否定しちゃだめだよ。 自分の心を否定すると精神に無理が生じ、体を壊す元になるからね」
水城先生は、とても優しそうに俺に話しかける・・・俺の目をじっと見詰めて・・・
真剣に話してくれている・・・と感じた。
自分の心を否定しちゃダメ・・・か・・・ それって・・・信井に対する恋心を・・・
否定しちゃダメッて事・・・かな・・・
「はい・・・」
でも、信井は・・・ 友情で心配してくれてるんだよ。
俺の気持ちに気付いたら・・・きっと信井は・・・
授業開始のチャイムが鳴り・・・
水城先生は、仕事があるからと、机に向かった・・・
カーテンに視界を閉ざされ、静寂が訪れた。
遠くに聞こえる楽器の音は・・・音楽の授業だろう・・・
雨音が、心地よい眠りを誘い・・・俺は目蓋を閉じた。
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傘を差していても、昇降口に入る頃には、制服も鞄も濡れてしまっていた。
一番被害が大きかったのは、スニーカーで・・・靴の中までびしょ濡れ・・・
用心のため、もって来ておいた替えの靴下に履き替えて、上履きを履き、教室へ向かった。
帰りの時に、また濡れた靴を履くのかと思うと、憂鬱になるのだけど。
自分の席について、タオルで制服や鞄の雨の雫を拭い・・・
溜息を付いていると、目の前に暖かな珈琲の入った紙コップが差し出された。
「お早う、葵」
「信井、さんきゅ」
暖かなそれを受け取り、すすりゆっくりと口に含むと、幾分気分が落ち着く気がした。
信井は、俺の頭を擦り・・・額にその手が触れ、動きが止まった。
「ここか、腫れてる」
「えっ、あぁ・・・ ちょっ、押したら痛いし」
「ごめん・・・でも」
俺の前髪を掻き揚げ、信井の顔が近付いてくる・・・ドキン ドキン! ドキン!!
俺は息を詰めた・・・唇が無意識に、わななく。
じっと目を覗き込まれ・・・胸が締め付けられるように切ない。
「あお・・・い?」
目が熱くて、ブレた・・・涙が滲んだらしい・・・
俺・・・
なんで・・・どうしたんだろ・・・自分の事なのに・・・わかんない・・・
「ごめん、そんな痛かったか」
信井が俺から手を離した。
ううんそうじゃない。 痛かったんじゃない・・・俺は首を横に振った。
俺は無意識に信井の手を掴んだ。
触れた手から信井の体温が伝わってくる・・・
俺は震えた・・・
「葵?」
信井が焦って俺を抱きとめた。
あれっ、何で・・・俺・・・
信井の胸と腕の感触・・・ 俺の体は傾いで、倒れそうになった・・・
「大丈夫か 葵 おい」
「ん・・・ごめん・・・信井」
「体調悪いんじゃないのか・・・無理して学校へ来たんだろ、お前は」
「そんな・・・事ないよ・・・俺。 体調は平気だ 変なのは・・・俺」
「葵?」
「俺が変なんだ、俺が・・・」
がやがやと騒がしい教室から、俺の手を掴み、廊下へ出て・・・信井は、ずんずん歩いていく。
「とにかく、ちょっと来い」
「し、信井ちょっと・・・何処へ、俺 大丈夫だって」
信井は保健室に俺を連れて来た。
「全くもう、葵・・・いい加減にしとけよ、そんな顔して大丈夫なわけないだろ」
「信井・・・で、でもっ」
どうしよう・・・まずい!!
水城先生は、俺が男に抱かれてる事・・・知られてるし!!
「おや、どうしました? 黒瀬君、信井君」
「水城先生! 葵の奴、昨夜意識なくして病院に担ぎ込まれたんだけど、さっきも倒れかけて、医者はなんともないって言ったらしけど、やっぱ変だから!」
「おやおや、ちょっと見せてごらん、こっちへおいで黒瀬君」
「や・・・信井・・・」
信井は問答無用で、俺を診察の椅子に座らせて・・・俺は信井の顔を見詰めた。
俺は信井と離れたくないのに・・・信井の手をぎゅっと握って離さなかった。
信井は俺が手を離さないのを不思議そうに見たけど・・・
俺は離したくなかった。
水城先生が、俺の頬に両手を当て顔を正面に向かせ、
ライトを使って、目を見たり、耳の後ろを押したり、
口を開けて舌を出したり・・・なにやら診察を始めたけど・・・
「先生、たんこぶが出来てるんだここ、昨夜ぶつけたらしいんだ」
信井が、繋いでいない方の手で、俺の前髪を掻き揚げ、たんこぶを見せた。
いや、大丈夫だろそれは・・・と思うのに・・・っていうか俺・・・
体じゃなくて心の病気だと自分では思うんだけど・・・
いや・・・これ、病気じゃないのか・・・
俺・・・たぶん・・・信井に・・・
無意識に信井の手を強く握っていた。
「葵?」
「くすっ、信井君・・・これは俺には治せないな」
どきっ、嫌だ先生・・・言わないで!! 俺は水城先生を見詰めた。
言わないでお願い!!
「どんな医者に見せても、治療は無理だ・・・君を信頼しているようだし、力になってやれ」
くすくすと、信井に向かってそうほざいた・・・先生そんな事言ったらばれるじゃん!!
「そんな・・・不治の病なんですか 葵は!! 俺、何でもします 出来る事なら俺が変わってやりたい! 葵」
・・・・・・・っ・・・信井? 不治の病って・・・なんでそこでボケる・・・天然か?!
俺の体を抱き寄せ、感じ入ってる・・・どうしよう・・・違うんだけど・・・
言えない・・・どうしよ・・・
「くすっ、まぁ ある意味・・・不治の病では あるが・・・」
水城先生は苦笑している・・・ あー・・・俺はどうしたらいい・・・
でも、信井に抱きしめられてる・・・・俺・・・
目を閉じた・・・信井の体温が・・・俺は心地よかった。
「オホン、とにかくここで出来る事はないから、少し眠るならあいてるベットを使いなさい。 平気なようなら、授業に出なさい、そろそろホームルーム終了時刻だ」
「はい、俺 授業に出ます」
「葵、無理はするなって言ってるだろ、寝とけ」
「けど・・・俺・・・」
「いいから、寝とけって」
信井に押し切られる感じで、ベットに寝かされた。
俺の頭を撫でて、信井は教室へ戻ってしまった。
これじゃ虚弱体質みてぇじゃん。
「くす、彼は鈍いのかな・・・」
水城先生がカーテンを開けて俺のベット横に椅子を持ってきて座った。
「信井に恋煩いしてるんだろ 葵は」
「・・・・・・言わないでください」
俺は反対側に顔を向けた。
顔が熱くなる・・・
「恋人とは別れたのかい」
「・・・・・・恋人なんかじゃないし・・・事故だったんです・・・あれは」
「事故ねぇ・・・で、同性に対して意識が変わって、そんな自分に戸惑っているって所かな」
「・・・そう・・・なのかも知れません・・・俺は・・・変わってしまった」
「変わる事はいけない事じゃない、誰でもいつでも多少なりとも変化し続けるのが人間だから。 葵君・・・もっと自分を信じなさい 自分の心を否定しちゃだめだよ。 自分の心を否定すると精神に無理が生じ、体を壊す元になるからね」
水城先生は、とても優しそうに俺に話しかける・・・俺の目をじっと見詰めて・・・
真剣に話してくれている・・・と感じた。
自分の心を否定しちゃダメ・・・か・・・ それって・・・信井に対する恋心を・・・
否定しちゃダメッて事・・・かな・・・
「はい・・・」
でも、信井は・・・ 友情で心配してくれてるんだよ。
俺の気持ちに気付いたら・・・きっと信井は・・・
授業開始のチャイムが鳴り・・・
水城先生は、仕事があるからと、机に向かった・・・
カーテンに視界を閉ざされ、静寂が訪れた。
遠くに聞こえる楽器の音は・・・音楽の授業だろう・・・
雨音が、心地よい眠りを誘い・・・俺は目蓋を閉じた。
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